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篠山紀信  第30回講談社出版文化賞 選評 

倉田さんの写真を見ると、体の底の方からキリキリ痛くなる快感が湧いてきて、胸のあたりがズーンと寒くなって、手足が痺れて熱くなり目も潤んでくる。

こんなに気持ちのいい怖さの写真にはそう簡単にお目にかかれない。ありがたいことだ。 倉田さんが撮っているヤクザも右翼もオカマも天皇陛下も日本猿も、僕はそのどれひとつも撮ったことがない。

無論これがジャパンの現実でどれもヤラセやシカケじゃないことは知っている。でもぼくは怖くてカメラを向けられない。ましてや大型カメラで大光量のストロボなんて焚けない。撮る前に逃げている。

実はぼくも「ジャパン」の中で倉田さんの標的にさらされている。

郷ひろみ、二谷友里恵の結婚式の現場写真、下方に手を振りカメラを向ける大衆とそれをおさえつける警察官、うんと上部に当人二人や親戚関係者。その中にいるプロカメラマン篠山紀信。 倉田さんの目にはさぞかし特待的な位置にいるように見えただろう。

ぼくだって現実逃避しているわけではなくぼくにはぼくなりの緊張とオノノキを持って現実に対しているつもりなんだけど、やっぱり倉田さんのいる位置の方がすごい。カッコいい。視線が強い。

倉田精二さん大好き。もうほとんど倉田ストーカーみたいに好き。







Robert Frank 

Dear Ssiji Kurata

Thank you for your book

MON DANCE MACABRE

is wonderful world

Beauty and Horrar

I like your books TRANS ASIA is full of life



TRANS ASIA opens my eyes and my heart

to people living world the

same sky so far away

I hope to see you again



NYC.11.Dec.1995   Robert Frank







日本・現在・写真-倉田精二のトランスシティ・ファイル-1975-2009

都市の内臓、闇の軌跡、アジアの"闇の影"、歴史と写真,   そして.....そして倉田精二の写歴の初期から現在までをトランスして
さらに そして


-from Nikor Club No 16 by 伊藤俊治 東京芸術大学大学院教授







現実との距離を見る

倉田精二の「現場主義」の特異性について

G,クラカウアー、カルロ・ギンズブルグによる、「歴史と写真」への論究と

歴史を無化しかねないポストモダニスト達の「歴史主義との論争」を参照しつつ

倉田のこれまでの写真史には無い現場性の特質を指摘する。



-from 「deja-vu」No.144 editor OSIRIS  by 上野修  写真評論







「反写真論」-都市はマトリクスではない

アーバスがウィージーに見出したものを倉田精二がウィージーとアーバスに見出す。そして我々が倉田精二に見出すのは、写真史的記憶の自作への適応である。そこに影響や受容の痕跡ではなく、写真的勇気と呼びうる気風の持続が看取されねばならない。閃光と不可分な彼の写真は実際、勇気の別名であった。かつて森山大道から「アプリオリな写真家」に指定された倉田であるが、しかし、彼はかかる持続とすら、写真集「ジャパン」(新潮社、一九九八)の出版行為によって決別しようとするかのようだ。かつてあった、もしくはあるとみなされる史的な不可避性を負った、街路とスナップショットとの結び目はほどけてしまった。もはや、アーティフィシャルな口実を巧妙に編み上げることなしに、スナップショットはほとんど成立しない。現在のスナップショット一般の危機は、簡明さをこそ偽装工作として提示するような、余りに錯綜した隘路を自ら指示してしまうことに拠っている。かくして今日スナップショットは、悪しきアカデミズムとアマチュアリズムをともに蔓延させる温床となる。

勇気ある写真家でさえ、あるいはそうであるからこそおびえるのでどろうか、「既視感」を伴う都市の奇妙な明快さに。没入していれば可視化され得ない「離隔の感情」も、物理的に対象化されればいくばくかは鮮明になるだろう。そのあたりの事情を、かつて倉田は書き留めたことがある。「オレにはワケが分からないまま居心地だけはさし障りがないまま、ただちょっと怖いのだ東京が ノッペリとただ平面的に拡散する光景は既に曲面状 あれを機上から眺めて以来」。倉田精二のアジア紀行にあっては、彼の「写真的勇気」は国境を越えた拡張性を持ち、あらゆる紀行が醸し出しがちな啓蒙的余裕を徹底して払拭した、圧倒的に入り組んだ「地図」のごときものが示されていた。とすれば、彼のアジア紀行の闊達さの裏面には、この国の都市の変質過程への対応も銘記されていたと思えてならない。

写真集「ジャパン」は、例えば渡辺克己のの写真集「新宿1965-97」(新潮社、一九九七)が「卑俗という良俗」への素朴な懐かしさを喚起する場合と微妙に異なり、街路の風俗の葬送としてある「差異を欠いた都市風景」を含んでいる。都市の変質過程は撮影主体の距離感に呼応している。かくして本書は二重にシールドされた棺として、都市の渾沌に対する自動的な郷愁の発露をついに自ら断っている。そうした断絶は、時折挿入されながらカラー写真のパートに至って基調を形成するに至る、奇妙に静謐な風景の存在によって、より明瞭になるだろう。本書を順に分類する項目、すなわち「路上」「愛国者」「刺青」「ゲイ」「若者」「酒場・盛り場」「フィクション」「形式儀式」は、頁を繰るに従って個々の写真群を意味の集合へと拘束する本来の任務を放棄してしまう。ダム、流氷といった水辺の風景に対する作者の執着は、「美しい空虚」などいくらでも撮りうる力量を示す以上に、批評的な今日性を強く感得させるものだ。

倉田は屈折を含んだ例の口調で、都市論と写真論が交錯し見かけの活況を呈していた一九九〇年代末に、次のような「疑念」と読み取るべき言明を記している。


東京は子宮=マトリクスではない しかし子宮とか女陰にイメージや比喩の必然性は分かる
しかもこれらは手強い軟体の直喩 両性が利用を認めあってきた関係概念・ヒューマニズム東京の象徴群大系 出自の証明脈絡
東京は東京という事実だといくらいっても何も言ったことにならないのはオレも困る
困るがこうした性の象徴性や身体器官のイメージは いまだ全体性としての東京の表象に有効なんだろうか?
いや全体性なぞ誰にも見えず とりあえず便利な表象方法ということか


こうした認識に即応した倉田精二論を管見の範囲で拾えば、田中純が、写真集「'80sFAMILY」(JICC出版局、一九九一)に収録された写真における、その余りにも明瞭であるが故の反=意味的な同時代的特異性に言及したものがある。その上で田中は、倉田の写真集が「シンボル的記号をめぐる記号論が都市(東京)の読解を支配した日本の八〇年代を対象としつつ、写真というインデックス的記号との無媒介的な遭遇にあくまで固執している点において、きわめて反時代的」だと断じている。

明敏な解釈だろう。そうならば、ユング的な「無意識」を写真=都市間の通底器に据える営為から、パース的な記号解釈における現実と写真との物理的な連続性、要するにコアな「写真という物理的痕跡」の参照へと移行しつつある現在の批評的水準に照合してみれば、倉田精二はようやく反時代性を払拭しにかかることになるのか。だが「インデックスとしての写真」にとどまり続けようとする作家は、いつもマイノリティなのだ。ともあれ、「ジャパン」の出版によって倉田精二が「往生」を遂げさせているのは、個々の写真やその対象であるよりもむしろ、一九七〇年代から九〇年代初頭にかけての、都市における物事の象徴交換それ自体である。さらには、アーバスならアーバスの作品を撮影主体の精神分析に還元したり、都市と撮影主体の「無意識」の相同性と交換可能性に着目する、一九八〇年代的な「写真の精神分析」および「写真都市論」に他ならない。

代わって、九〇年代のわれわれの視野に浮上したのは、「ポエティクスなきインスタント・レトリック」を手軽な武器にした「私写真」や「政治的写真」における、(無意識ならぬ)自意識と行為遂行性との楽天的な婚姻とそれへの図解的評価である。この度の封印を経て倉田精二が向後も継続して赴くのは、モダニズム的/ポストモダニズム的な「修辞」の懐旧的な/現状追認的な保持でも、詩的感興に逃避する「写真文化的」な作物でもなく、「見れば一発でわかる」インデックスとしての写真の瞬間に違いないのであってみれば、どうして彼が反時代的であることを止めようか。

by 倉石信乃  明治大学院教授  詩人,評論家







モンタージュ&コラージュ

写真とはアーティストのための下請け仕事だ。そもそもアイデンティティーがない。

しかし...倉田の仕事は...過剰、過激なほどの情報量...そして、何も無い



by 木村恒久  G.デザイナー